プロフィール

⊿delta

Author:⊿delta
こちらは、⊿delta(でるた)がアニメ・コミックその他趣味などについて好きに語る非公式ブログとなっております。
二次小説、イラスト、感想記などを中心に執筆。
各種作品の原作者様、出版社様などとは一切関係ございません。
只今、基本的にはCLAMP作品(主に『こばと。』)中心です。

著作権とかの問題もありますので、全ての文章、画像とも無断転載は一切禁止(No Copy)です。
管理人の作品ではありませんが、当ブログに掲載されている有り難き頂き物たちについても同様にお考えください。

コメントやメッセージは『コメント欄』及び『メールフォーム』から受け付けております。
(※現在、オフの忙しさに波があるため、リクエスト等はあまり受け付けておりません)
コメントレスは『コメント欄』から、メルフォレスは記事からお返しします。
メルフォレスに限り、必要だとこちらが判断した場合及び送信者様から依頼があった場合のみ、メールでのお返事もさせていただきます。
ただし、管理人がネチケット(マナー)違反だと感じるものについてはお返事しないこともあります。
ネチケットについてはお客様各自でよくご確認いただけると幸いです。
また、スパムかもしれない…という誤解を生むほどのコメント・メッセージの連投はどうぞお控えくださいませ。

リンクやアンリンクはフリーです。
ご報告も特に必要ありません。

ブログ内は全て自己責任でご覧下さい。
誹謗中傷、荒らしはお断りします。
また、管理人がそれに準ずると判断する行為についても同様です。
出入り禁止(アクセス拒否)という手段を取らせて頂くこともあります。

最終的に私のブログは私がルールですので、全ての判断は私が私の基準でいたします。
ご了承ください。

当ブログの詳しい傾向などについては、カテゴリの『はじめに。』からどうぞ~。

かぐや姫観たよ+メルフォレス

お久しぶりでございます!
メール確認しております!!

↓以下メルフォレス
murasameさま>今パソコン環境が良くないため、大変お返事が遅くなりました。申し訳ありません!お優しい言葉、冗談抜きでホロリといたしました。ほんとうにありがとうございます!(>_<)


ええと、2014初の更新ではあるのですが、今更感がすごいので諸々のご挨拶は控えさせていただきます。
それなりに元気です!
皆さまもお元気だと良いのですが(^^)

さてさて、小さな近況報告ではあるのですが、『かぐや姫の物語』を観てきました!
感想は以下、追記に反転で。
ネタバレがお嫌な方は回れ右でお願いします!




↓ネタバレ可でしたら反転でどうぞ。

でるたはあまりネタバレを嫌うほうではないので、前評判とか感想とか事前に色々と調べてから臨みました(笑)
しかしまさか前半戦で、物語がどうとかそういうものでなく、映像だけで涙するとは思いもよりませんでした。。。
美しさに打たれたなどという言葉では片付けられないレベルで、唐突に涙しました。
スクリーンから何かを受け取ったとでも言うか・・・なんでしょう、物語が進むにつれ、確実に伝えられたサムシングエルス?が心にたまって、あるところでぽろっとあふれてしまったというか・・・。

なんとも稀な感動でした。

すでにあちこちで書かれているとおり、物語はほんとシンプルに『かぐや姫』。
つまりいたって、なんてことないお話なんです。
なのに観終わった後、狐につままれたような気分になって、本当に不思議で不思議で、もう一回観たくなるというか、確かめたく?なるような・・・。
あ、月からのお迎えが予想外のにぎやか音楽のどんちゃんどんちゃん♪で、それにびっくりしたせいもあるかもwwww

翁の声が亡くなられた地井さんなのですが、この翁がもう、最初から最後まで『人間』ですばらしかったです。
地上の喜怒哀楽に一喜一憂する姿、その愚かさが愛しくて哀れで・・・途中からしんどくもありましたが。
もーやることなすこと、実際にはかぐや姫を苦しめてしまってるわけですが、だけどその動機を探ってみればやはり、ただただかぐや姫が愛しかった、それに尽きるわけです。
がむしゃらなんです。
その、他に何も見えない!無我夢中!・・・な地井さんの演技、なんもかんもかなぐり捨ててて、素敵でした。
そして懐かしい声を聞けて嬉しかったです。

そういえば月の人々には喜怒哀楽がないと、そういう認識でいたんですが・・・ちょっと違うのかも?とあとで思いました。
だってすげぇどんちゃん騒ぎな音楽でお迎えが来たからさ・・・(笑)←そこ引っ張るね!
いや、音楽って・・・物語もそうだけれど、起伏があって、それってやっぱり喜怒哀楽の感情に端を発していると、でるたは思うのですね?
では、ああした音楽を奏でて現れた彼らにも、やはり喜怒哀楽の心があるのでは?と。
ただ、そういったものにみだりに心が騒がない、心が揺らされない・・・そういう性質なのかしら?と。
なんだか疑問が沸いてしまいました。
悟りを開いちゃってる集団なんでしょうかね。
しかし「天の衣をまとう」ことでそうなるわけですし、実際かぐや姫も地上にいる間には心を騒がせていたわけでして・・・え、なに天の衣ってじゃあ、そういう装置なの?悟れちゃう装置?

じゃあ果たして、月の人々は本当に心静かなのか・・・ただコントロールされているだけなのか。
自らコントロールされることを望んだ種族なのか。
あやふやな気持ちになりました。

月にはきっと、月がそうなるまでに歩んだ、月なりの物語があるんでしょうね。
その物語にも想像を巡らせたくなりました。

ところで『竹取物語』の時代を考えると、本当に平安でいいの?(奈良もかかってる?)って説が確かあった気がします。
かぐや姫の服装が、ほんとに普通に十二単でいいのかって話ですね。
裳着とかお歯黒とか眉抜きとか・・・私はあまり時代考証というものに詳しくないので分からないのですけど、ほんとはいつごろから始まったのでしょう?
これらがいつから儀式として「しなくてはいけない」ものになったのかと、ふっと思いました。

むしろそのへん、ちょうど混沌としてるくらいの時代なのでしょうか?かぐや姫は。
そういう混沌の時代だからこそ、何か面白いし、魅力的なのかな。
かちりと、新しく形を作り変えようとする時代に、かぐや姫も何かしら、その時代の理想の形にはめられようとしていたのかもしれません。
まるでそんなものに抗うかのような、そんな物語にも見えます。

新しく時代を切り開こうとするとき、馴染めない美しいものは逃げてゆくものなのかもしれません。

結果的に逃げざるをえない、というか。
かぐや姫は「逃げたい」と思ってしまった。
ここ(地球)にいたいのに、馴染めない苦痛にも耐えられない・・・。
そんな形で逃がしてしまった美しいものが、現代の私たちにもたくさんある気がします。

月は、追いやられた「ふるきよきもの」の象徴でもあるのかもしれません。
それらが生きる場所を変え、独自に進化した形であり、けれどふるさとはやはり地球なばかりに・・・時にかぐや姫のように、地球に焦がれてしまうものが現れたり。
そうしてまた傷つけられても、永遠に恋しく、離れられないのかもしれません。
だから今でも、月は地球から見上げられるところにいるのかもしれません。
離れないと傷つくけれど、見えないところにも行きたくない。

地球が月を離したくないようで、ほんとうは月も地球に後ろ髪を引かれているのか。

――なんて、だいぶ飛躍して思いを馳せられるような引力を、高畑監督の『かぐや姫の物語』は持っていました。
画の部分では余白の美を追求されたそうで、それが見事に物語の余白にもなっているんですよね。
まんまとその余白に心を持っていかれて、想像力をかき立てられて、でもよくわかんなくて。
つかめないものだから、つかみたくなっちゃう。
余白から無限に想像できちゃうものだから、心が広がりすぎて途方に暮れちゃう。
「えっ?」がたくさんあって、置いていかれた気持ちにもなるのに、余白の無限さにちゃんと包まれてもいて、妙な心地というか・・・。

うーん、やっぱりもう一回じっくり観たいかも?

COMMENT

EDIT COMMENT

非公開コメント

FC2カウンター
でるたの本棚
ブクログ。時々追加してます。
メールフォーム
メッセージはこちらから受け付けております!必ず『はじめに。』をご一読いただき、ルールをご理解なさった上で送信いただけると幸いです。ご理解・ご協力を宜しくお願いいたします。

名前:
メール:
件名:
本文: